時代を先取りした『ソフトベンダー武尊』

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コンシューマーゲーム機において
ダウンロード販売はパッケージ販売よりも一般的になりつつある。
ショップでパッケージを買うわけでなく、
信販売でパッケージを郵送してもらうわけでもない。
プレイヤーの欲しいのはゲームパッケージではなく、ゲームが遊べる環境である。
それならばプログラムのみを配信すればいい。ネットワークを使って。
これからもダウンロード販売だけをターゲットにしたタイトルが増えていくだろう。
そんなビジネス形態を20年以上も前に実現させていたサービスがある。
それがブラザー工業“ソフトベンダー武尊”
(その後『ソフトベンダーTAKERU』となる)であった。

“ソフトベンダー武尊”を簡単に言うと「ゲームソフトの自動販売機」である。
専用の端末機は通信回線(ISDN回線)を通じてホストコンピュータとつながっており、
ユーザーの注文したデータをメディアにコピーして販売するというシステムだった。
1986年という時代において“ソフトベンダー武尊”は物凄い端末だった。
ユーザーが操作するタッチパネル、ネットワーク接続、
データキャッシュ用のハードディスクドライブ内臓、
メニュー画面データ格納用のCD-ROMドライブ内蔵、
さらに3.5インチFD、5インチFDはもちろん、
MSX用のROMライターやカセットテープのデータレコーダーまで完備していた。
うーん、凄い。


ここで“ソフトベンダー武尊”でゲームを買うまでのプロセスをご紹介しよう。
まず自分の欲しいゲームのジャンルや機種でメニュー画面からタイトルを検索する。
タイトルを選ぶと画面写真つきでソフトを紹介してくれる。

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購入を決定すると値段が提示されるので代金を投入する。
ここでマニュアルの印刷が始まる。
続いてメディアが端末の下から出てくる。
(初期は紙の箱に入っていたが、後期からプラスチックの黒いケースに変わった。)
画面の支持に従ってメディアをドライブに投入する。
するとデータのコピーが始まる。

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この間、爆弾の導火線がゆっくりと短くなっていく。
導火線が爆弾まで辿り着くと終了というわけだが、これがひたすら長い。
ディスク枚数が多いものだと20分以上かかるものもあった。


“ソフトベンダー武尊”(以後TAKERUと呼ぶ)を初めて知ったのは
テレビのCMだったと思う。
そう、パソコンゲームなのにテレビでCMやってたんだよ。
しかもなぜかCMで流れたテーマ曲は『トリトーン』のBGM。
どういう意図があってあのテーマ曲を選んだのかは謎である。

TAKERUの売りは2つあった。
1つは「パッケージや正規マニュアルが無いかわりに安くしますよ」という点。
もう1つは「古いソフトも品切れなく手に入りますよ」という点。
で、結論から言ってしまうとそれはあまり魅力的な売りでは無かった。
TAKERUの商品はあまりに安っぽかった。
ヘロヘロの紙箱に入った何も書いてないフロッピーディスク
そこに自分でタイトルを書き込んだシールを貼る。
当時は違法コピーが広まっている時代。
わざわざ正規の代金を払っているのに、
違法コピーのそれと何ら変わりの無いその外観は、
(多少安くなっているとはいえ)
お金を払ってまで欲しいという魅力が乏しいものだった。
プリンター用紙に無機質に印字されたマニュアルも購入意欲を奪う後押しをしていた。
(マニュアルやシールも画像が入ってたら印象も変わったのにね)
後者の「古くて手に入らなくなったソフト」という点も、
実際には秋葉原まで行けば中古店やレンタル店で探せないソフトはほとんど無く、
むしろ“そっちを買った方が安い”という大前提を覆す結果だったのである。

俺様がTAKERUを初めて利用したのは1989年7月である。
当時人気だったアクションRPG『ソーサリアン』の追加シナリオが
TAKERU専売で登場したからだ。
ソーサリアン追加シナリオ Vol.4 宇宙からの訪問者』である。

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パッケージが安っぽかろうが、
TAKERUでしか買えなければそれで価値が生まれる。
それから俺様は専売タイトルをつまみ食いするようになった。
TAKERU専売ソフトで最もタイトルを揃えていたのはログインソフト。
ログイン誌上で開催されていたプログラムコンテストで入賞した作品を
販売していたのである。
また、現在でも新作が出続けているツクールシリーズ
TAKERU専売ソフトから始まった。
アドベンチャーゲームツクール』『ヨコスカウォーズ』『タテスカウォーズ』
などは俺様も購入して目いっぱい楽しんだ。
なかでも『ヨコスカウォーズ』は88のドライブが擦り切れるまで使い切った。

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あれは歴史に名を残す名作ソフトだ…。
後期には同人ソフトなんかも扱うようになったが、
同人ソフトは即売会で買った方が断然安いので買った事が無かった。
最後にお世話になったのはX68000用の『電脳倶楽部』。

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満開製作所という会社が出していたディスクマガジンだ。

俺様がよく利用していたのは秋葉原ならサトームセン
池袋ならビックカメラ本店のTAKERUだ。
いずれも店舗の奥の方にひっそりと置いてあって、
1回の利用時間が長いので通行人にジロジロと見られたものだ。(苦笑)
やっぱりTAKERUの最大の欠点はあの待ち時間だと思う。
当時の細い回線でダウンロードしていたのかと思うと納得もするが、
それは今だから言えるわけで。
誰かが利用していると当分使えないので、店舗内を一周して時間を潰したりな。
一周して戻ると別のヤツが使ってて悔しい思いをしたりなw
プリンターもよく詰まったな。
グシャグシャになった紙が出てきてへこんだことも今ではいい思い出…
じゃないな。(==;

 

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こちらはメンバーカード。
後期はこれを入れて購入するとポイントが貯まった気がする。

 
そういえばTAKERUがときどき自社ソフトのパッケージ販売をしていたが、
「この行為は矛盾してんじゃね~か?」と大人社会の複雑さに頭を悩ませたものよ。
(『HAYATO』、『COSMO聖士LEAZA』など)

そんなTAKERUだが、時代の流れとともにその存在意義は薄れていった。
そして1997年2月にその役目を終える。
この事業はブラザー工業の社員いわく“大失敗”だそうである。
売り上げよりも通信費用の方が高くついたらしいのだ。
だがその失敗が通信カラオケ『JOYSOUND』を生んだ。
そして何より、8ビット時代のパソコンライフをより豊かなものにした、
その一役を買っていた存在である事を生き証人として伝えられれば本望である。

 

~追記~

TAKERUで販売していたゲームソフトをまとめているサイトって無いのだろうか?
当方では資料が無いので作れないのだが、
このままだとTAKERU専売タイトルが歴史の闇に埋もれていってしまう…。