
「岡山後楽園」にやってきた。
江戸時代初期、当時の岡山藩主・池田綱政により作られた庭園だ。

金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並ぶ「日本三名園」のひとつに数えられている。
兼六園と偕楽園はもう行ったから、これで名園コンプリートってわけだ。

「見る場所ごとに景色が変わる」ように設計されている回遊式庭園で、
その広大な土地を一周するだけでも楽しい。













この岡山後楽園の隣には岡山城が建っている。
徒歩数分でいけるので足を伸ばす。

橋を渡る前に「マスカットピルス(発泡酒)」でちょっと休憩。

橋を渡ると天守が見えてくる。


岡山城かっこいい!
1597年頃、戦国大名の宇喜多秀家が築城した。



黒く塗られた外観から「烏城」とも呼ばれている。
下見板と言われる黒い板に黒漆(くろうるし)塗った技法を使われている。
これは木材を雨や湿気から守る役割と、
見る者に威圧感や高級感を与える役割を併せ持つ。

関ヶ原の合戦で敗北した宇喜多秀家はこの城を失い、
その後、小早川秀秋、池田家へと支配が移っていった。
(江戸時代は池田家がずっと統治)



続いて電車で「吉備津彦神社」へ。

こちらは大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)が祀られている神社。
大吉備津彦命は第7代孝霊天皇の子でヤマト政権の将軍。
軍を率いて吉備国を平定。
その戦いで温羅(うら)と呼ばれていた鬼と対決。
見事に退治。
この伝説がのちに「桃太郎」としてアレンジされたという。




まあしかし、神社内には桃太郎をアピールするものは無く、
ただただ厳かな神社であった。

ならばと隣駅にある「吉備津神社」にやってきた。
こちらは大吉備津彦命vs温羅のまさに舞台となった場所に建つ神社。





本殿は吉備津造と言われる屋根が横に長く連なっている特殊な建築様式。(こちら国宝)

また、400m近く長い屋根付き回廊も凄い。

だがここも桃太郎をアピールするものはこの金棒ぐらいであった。
結局、岡山に来て桃太郎を感じる施設に出会えなかったのは残念だ。

あ、駅にあったw