実験小説第7回作品「ちょんまげトーキング」

ときは江戸の時代。
武士・片桐信之助は、重大な失態を犯した。
将軍から殿様へ贈られた高価な壺を受け取り、運び届ける任務を受けていた。
その大事な壺を割ってしまったのだ。
城中に響く怒号。裁きは早かった。
「切腹を申しつける!」
その言葉が、信之助の耳に重く落ちた。
切腹の場。白砂に敷かれた畳、脇差しが光る。
殿様は、冷ややかな眼差しで言う。
「言い残すことはあるか?」
信之助は、腹を切りたくない一心で、口を開いた。
「はっ……実は、拙者がこの任務に至るまでには、長き因縁がございまして――」
最初はフムフムと聞いていた殿様だったが、
いっこうにその話は終わらない。
長い。あまりに長過ぎる。
「いい加減にせんか!早う済ませよ!」
だが、信之助の語りは妙に面白かった。
幼少期の奇妙な師匠、剣術修行での珍騒動、恋の顛末、
そして密書奪取に至るまでの裏事情――。
話は次から次へと転がり、笑いあり、涙あり、謎あり。
殿の眉間の皺が、次第に緩む。
「……ふむ、その師匠、なかなかの曲者よな」
「はっ、まさに曲者にて――」
気づけば、殿は身を乗り出していた。
「で、その恋の行方はどうなった?」
「それがまた、驚きの展開にございまして――」
時は過ぎ、夕餉の鐘が鳴る。
夢中になっている殿様をよそに信之助はプツリと話を切り上げた。
「さて、腹も減ってきましたし…そろそろ切腹します。」
「な、何を申すか!?待て待て待て!」
「殿様、もう日も落ちてまいりました。そろそろ終わりにしませんと・・。」
「いやいやいや、まだ終わっておらぬ!その…あれだ、庭の紅葉、今年は見事でな!」
「紅葉ですか?」
「うむ!真っ赤でな!…あ、そうだ、栗ご飯は好きか?」
「好きですが…切腹の後で。」
「ならぬ!その前に食え!腹を切る前に腹を満たせ!」
「殿様、引き延ばしても…」
「考えてみろ。満腹になってから切腹は出来るけど、
切腹してから満腹にはなれんぞ。零れちゃうから」
「なんの話をしてるんです!?」
「なーんか殿様、いいこと思い出しちゃった。気になるでしょ。」
「そうですか、じゃ、腹切ります。」
「わし、俳句も詠む!『切腹や 待てよ待てよと 殿焦り』…どうじゃ!」
「殿様、俳句で命は救えません。」
「ならば、未来の話をしよう!この城に温泉を掘る計画があるのだ!」
「温泉…?」
「そうだ!お主も入りたいだろう!切腹したら入れぬぞ!」
「……殿様、必死ですね。」
「必死だとも!お主の話、もっと聞きたいのだ!
さっきの話の結末、まだ語っておらぬだろう!
お主が腹を切ったら、わしは生涯モヤモヤして過ごす事になるのじゃ!」
「殿様、わたしが切腹しないと、この場は終われません。」
「ならば延期じゃ!切腹は来週にしよう。そうしよう!」
側近たちは顔を見合わせる。
だが何も言えなかった。側近達も話の続きを聞きたかったのだ。
翌日も、その翌日も、信之助は語り続けた。
物語は江戸を越え、京、大坂、果ては異国の話まで広がる。
殿は笑い、驚き、時に涙した。
やがて殿は決断する。
「信之助、そなたを側近として召し抱える。余の退屈を晴らす才、他に比類なし!」
こうして、切腹を命じられた武士は、語りの妙で命を救い、
殿の最も近き話し相手となったのである。

やがて信之助は人を楽しませる語り部の才能を弟子達に伝え、
人々は彼らを“噺家(はなしか)”と呼び、現代の「落語」の源流となった。
ウソだけど。