実験小説第6回作品「俺は参 卓郎っス!」

『俺は参 卓郎っス!』

 

イブのバイト戦線

渋谷駅前は、光と音の洪水だった。
イルミネーションがビルを飾り、カップルたちが笑いながらスマホを構える。
その中を、参 卓郎は肩にかけた白いエプロンを直しながら歩いていた。
「……イブにケーキ販売のバイトとか、俺の人生どんだけ罰ゲームなんだよ」
心の中で毒づきながら、スマホの画面をちらりと見る。SNSリア充の投稿で埋め尽くされていた。
#イルミネーションデート #彼氏とケーキ
卓郎はため息をつき、画面を閉じた。
バイト先は駅前の特設ブース。赤と緑の装飾が派手に施され、クリスマスソングが流れている。
「おお、来た来た!新人くんだね?」
社員らしき女性が笑顔で声をかけてきた。卓郎は慌てて頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!参 卓郎っス!」
その瞬間、空気が止まった。
社員の目がキラリと光る。
「……サンタクロースさん、ですよね?」
「え?」
「いやぁ、本物に会えるなんて!今日の目玉イベント、あなたにお願いしたいんです!」
卓郎は固まった。
サンタクロース?俺、ただの大学生だぞ?
しかし、周囲のスタッフも「すごい!本物だ!」と盛り上がり始める。
気づけば、赤い衣装が差し出されていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、ケーキ売りに来たんですけど!」
「大丈夫、ケーキも売るし、夢も売るの!」
社員の笑顔は、断固として揺るがない。
こうして卓郎は、❝本物のサンタクロース❞として扱われることになった。
赤い衣装を着せられ、帽子をかぶり、子どもたちに囲まれ、写真撮影に応じる。
「いや、俺ただの大学生なんだけど……」と心で叫びながら。

 

偽サンタの大活躍

「サンタさーん!写真撮ってください!」
「サンタさん、こっちこっち!」
卓郎は、赤い衣装に身を包み、渋谷駅前の特設ブースで子どもたちに囲まれていた。
帽子の下で汗がにじむ。
俺、ケーキ売りに来たんだよな?なんで今、サンタ業してんの?
「はい、笑って笑って!サンタさん、もっと笑顔!」
社員の指示に従い、卓郎は引きつった笑顔を作る。
スマホのシャッター音が連続で鳴り響く。
「#本物のサンタ降臨」「#渋谷で奇跡」
SNSのタグが次々と飛び交い、卓郎の写真が拡散されていくのを、横目で見てしまった。
「……やばい、俺、バズってる?」
内心で青ざめる卓郎の耳に、柔らかい声が届いた。
「似合ってるよ、その衣装」
振り向くと、そこにはバイト仲間の女子、美咲が立っていた。
黒髪をひとつにまとめ、白いエプロン姿。笑顔が自然で、卓郎は一瞬言葉を失う。
「え、あ、ありがとう……」
「でも、自己紹介で『参 卓郎っス!』って言ったら、そりゃサンタクロースだと思うよね」
美咲は肩をすくめて笑った。
「いや、俺、そんなつもりじゃ……」
「まあ、面白いからいいじゃん。子どもたち、すごく喜んでるし」
その言葉に、卓郎は少しだけ救われた気がした。
……まあ、悪い気はしないかもな。
だが、その瞬間。
視界の端に、黒服の男たちが立っているのが見えた。
サングラスに無表情、イブの渋谷には似つかわしくない雰囲気。
彼らの視線は、卓郎に向けられていた。
え、なに?俺、なんかやらかした?
黒服の一人が、スマホを耳に当てながら、低くつぶやいた。
「……確認した。間違いない。サンタだ。」
卓郎の背筋に、冷たいものが走った。
なんだよ、俺、ただのバイトだってば……!

 

黒服の訪問者

ケーキの在庫確認を頼まれ、卓郎は特設ブースの裏手にある倉庫へ向かった。
イブの渋谷はまだ賑やかで、遠くからクリスマスソングが聞こえる。
やっとサンタ業から解放される……と思ったのに、なんで俺、こんなに汗かいてんだ?
倉庫の扉を開けた瞬間、空気が変わった。
冷たい視線が卓郎を射抜く。
そこには、黒服の男たちが三人、無言で立っていた。
サングラスに無表情、まるで映画の悪役だ。
「え、あの……ケーキ、取りに来ただけなんですけど?」
卓郎は引きつった笑顔を浮かべる。
黒服の一人が、低い声で言った。
「サンタさん、あなたに渡してもらうプレゼントがある。」
「……え?」
男は無言で、黒いケースを差し出した。
重い。金属製だ。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、ただのバイトなんで!」
「いいえ、あなたはサンタだ。我々は間違えない。」
卓郎の頭の中で警報が鳴り響く。
なにこれ、ドッキリ?それとも新手の詐欺?
「中身は……?」
「世界を変えるものだ。」
黒服の声は淡々としている。
「イブの夜、あなたがそれを届ける。それが使命だ。」
使命?俺の今日の使命はケーキ売ることだろ!?
卓郎は必死に否定する。
「いやいやいや、俺、参 卓郎っス!サンタじゃないです!」
黒服の男は、サングラスの奥で目を細めた。
「支離滅裂だな、サンタクロース。」
やばい、こいつら完全に勘違いしてる!
卓郎はケースを押し返そうとしたが、男の手は岩のように動かない。
「受け取れ。時間がない。」
その瞬間、倉庫の奥で何かが光った。
赤いレーザーのような光線が、壁を横切る。
次の瞬間、ドアが乱暴に開き、別の黒服集団がなだれ込んできた。
「ケースを渡せ!」
銃のようなものが見えた気がして、卓郎の心臓が跳ね上がる。
え、なにこれ、映画?俺、今、映画の中?
黒服たちが互いに睨み合う中、卓郎はケースを抱えたまま、反射的に走り出した。
イブの渋谷、サンタ衣装の大学生が、謎のケースを抱えて全力疾走――。
俺、今日一番のリア充じゃね?いや、違うだろ!

 

イブの陰謀

渋谷スクランブル交差点。
赤いサンタ衣装の卓郎が、黒いケースを抱えて全力疾走していた。
背後では黒服たちの怒号が飛び交い、群衆が悲鳴を上げる。
なにこれ、映画?俺、今、完全に映画の中だよな!?
「止まれ!」
「ケースを渡せ!」
銃のようなものがチラつくたび、卓郎の心臓は跳ね上がる。
やばいやばいやばい!俺、ケーキ売るはずだったんだぞ!?
そのとき、横から声が飛んだ。
「卓郎!」
美咲だ。白いエプロン姿のまま、群衆をかき分けて走ってくる。
「なにしてんの!?それ、なに!?」
「説明してる暇ない!とにかく逃げる!」
美咲は一瞬だけケースを見て、眉をひそめた。
「……それ、ただのケーキじゃないよね?」
「ケーキだったらどんだけ幸せか!」
二人は並んで走り、裏路地に飛び込む。
ネオンの光が遠ざかり、暗い路地に足音が響く。
卓郎は息を切らしながら、必死に言葉を絞り出した。
「黒服が言ってたんだ……これ、世界を変えるものだって……」
「世界を変える?なにそれ、SF?」
「俺もそう思った!」
その瞬間、ケースのロックがカチリと音を立てた。
卓郎と美咲が同時に覗き込む。
中には、小さな銀色のチップが一枚。
見た目はただの電子部品だが、異様な光を放っている。
「……なにこれ?」
美咲が息を呑む。
卓郎は震える声で答えた。
「わからない。でも、あいつらの目つき……ただ事じゃない。」
遠くで黒服たちの足音が近づいてくる。
卓郎はケースを閉じ、決意した。
「とにかく、これを守る。俺がサンタなら、プレゼントは絶対奪われない!」
「……サンタって、そういう意味じゃないと思うけど!」
美咲のツッコミが響く中、二人は再び走り出した。
イブの渋谷、サンタと謎のチップをめぐる追走劇。
その裏で、世界規模の陰謀が静かに動き始めていた――。

 

サンタの試練

渋谷の裏路地。
卓郎と美咲は、息を切らしながら暗がりに身を潜めていた。
遠くで黒服たちの足音が響く。
ケースは卓郎の腕にしっかり抱えられている。
「……はぁ、はぁ……もう、なんなのこれ……」
美咲が壁に背を預け、額の汗を拭った。
卓郎も同じく、肩で息をしながら答える。
「わからない……でも、あいつら、本気だ。銃みたいなの持ってたし……」
そのとき、暗闇から声がした。
「落ち着け、サンタ。」
二人が振り向くと、そこに立っていたのは――最初にケースを渡してきた黒服の男だった。だが今はサングラスを外し、穏やかな目をしている。
「俺たちは敵じゃない。むしろ、君を守る側だ。」
「守る?俺、ただの大学生だぞ!」
「いや、君はサンタだ。」
「だから違うって!」
男は微笑んだ。
「サンタとは、世界中の子どもに夢を届ける者。俺たちは、その伝統を守る秘密組織だ。」
「……は?」
卓郎の脳がフリーズする。
美咲が小声で「え、なにそれ、都市伝説?」とつぶやいた。
男は続ける。
「そのチップは、悪の企業が奪おうとしている。もし奴らの手に渡れば、世界中の子どもたちの未来が奪われる。」
「未来って……そんな大げさな……」
「本当だ。これは、教育と情報を支配するAIの中枢だ。奴らはそれを使って、子どもたちを管理しようとしている。」
卓郎はケースを見下ろした。
銀色のチップが、静かに光っている。
……俺がこれを守らなきゃ、未来が壊れる?そんなの、映画の話だろ……
男は一歩近づき、卓郎の肩に手を置いた。
「君に試練を与える。サンタとしての心を証明しろ。」
「試練?」
「このチップを、イブの夜が終わる前に安全な場所へ届ける。それが君の使命だ。」
卓郎は言葉を失った。
美咲が、そっと卓郎の腕に触れる。
「……やるしかないんじゃない?だって、もう巻き込まれちゃったんだし。」
彼女の目は、不思議なほど真剣だった。
卓郎は深く息を吸い、震える声で答えた。
「……わかった。俺がやる。俺は……参 卓郎っスから。」
その瞬間、遠くで銃声が響いた。
悪の企業の追手が、路地に迫ってきている。
イブの渋谷、参 卓郎の試練が始まった――。

 

最後のプレゼント

渋谷スクランブル交差点。
夜空に雪がちらつき、イルミネーションが光の海を作っていた。
その中心で、赤いサンタ衣装の卓郎が立っていた。
腕には黒いケース。中には世界を変えるチップ。
背後には美咲、そして前方には黒服の追手たち。
「ケースを渡せ!」
悪の企業の男が銃を構える。
卓郎は震える足で一歩前に出た。
……俺、ただの大学生だ。でも、今だけはサンタだ。
「渡さない!」
声が交差点に響く。
「サンタは、プレゼントを奪われない!」
その瞬間、交差点の大型ビジョンに映像が流れた。
昼間撮られた卓郎の写真――「#本物のサンタ降臨」。
群衆がざわめき、スマホを掲げる。
「サンタさん!がんばれ!」
子どもたちの声援が、夜空に広がった。
悪の企業の男が引き金に指をかける。
卓郎はケースを高く掲げ、叫んだ。
「メリークリスマス!」
その瞬間、黒服の仲間が動いた。
閃光弾が炸裂し、視界が白く染まる。
卓郎は美咲の手を握り、群衆の中へ飛び込んだ。
ケースは、秘密組織の車に託され、闇に消える。
――数分後。
渋谷の裏路地で、卓郎と美咲は肩で息をしながら笑っていた。
「……やったな」
「うん……世界、救っちゃった?」
「たぶんな。でも俺、ケーキ一個も売ってないけど。」
二人は顔を見合わせ、吹き出した。
遠くで鐘の音が響く。
卓郎は夜空を見上げ、つぶやいた。
「俺、今日一番のリア充じゃね?」
美咲が笑って答える。
「来年もサンタやる?」
「……さあ、どうかな…。だって俺は…サンクロースじゃなくて、参 卓郎ッスから。」
雪が舞う渋谷で、二人の笑い声が消えていった。
イブの夜、参 卓郎は世界を救い、ちょっとだけ恋を始めた――。

 

「俺は参 卓郎っス!」おわり