
『殺せぬ死体』
発生と初期対応
最初の異変は、岩手県の山間部で起きた。
猟師が雪深い林道で、奇妙な人影を見つけたという。
報告を受けた地元警察が現場に駆けつけると、そこには一人の男が立っていた。
男は薄いシャツ一枚で、零下の吹雪の中をよろめきながら歩いていた。
顔色は灰色に近く、唇は裂け、目は焦点を失っている。
「おい、大丈夫か?」警官が声をかけると、男はゆっくりと振り向いた。
その瞬間、全員が息を呑んだ。
目の奥に、何もなかった。
生気も、理性も、ただ空虚な闇だけが広がっていた。
次の瞬間、男は警官に向かって手を伸ばした。動きは鈍い。
だが、異様な力で腕を掴み、噛みつこうとする。銃声が林に響いた。
男は倒れたが、血はほとんど流れなかった。
検視の結果、男の体温は異常に低く、心臓は動いていなかった。
「死んでいる……なのに動いていた」その報告が、すべての始まりだった。
ニュースは瞬く間に広がり、メディアは「ゾンビ」という言葉を使い始めた。
だが、恐怖は長く続かなかった。彼らは遅すぎた。
走ることもできず、歩くのもままならない。棒切れ一本で倒せる。
「脅威じゃない」そう誰もが思った。
自衛隊と警察が出動し、東北の山々でゾンビ狩りが始まった。
数週間で事態は収束するはずだった――その時は、誰もがそう信じていた。
倫理論争と法案成立
ゾンビ狩りが始まってから一か月。
東北の山々は静けさを取り戻したかに見えた。
だが、その裏で別の嵐が生まれていた。
最初の火種は、一本の動画だった。
雪原で自衛隊員がゾンビを銃撃する映像。
倒れたゾンビの顔は、まだ人間の面影を残していた。
動画のタイトルはこうだった。
「彼らは本当に殺されるべき存在なのか?」
SNSは瞬く間に炎上した。
「ゾンビにも人権がある!」「彼らは病気の犠牲者だ!」「駆除は虐殺だ!」
ハッシュタグ #ゾンビを殺すな がトレンド入りし、数百万件の投稿が飛び交った。
やがて、ゾンビ愛護団体が結成される。
代表は、かつて感染症研究に携わっていた女性科学者だった。
彼女はテレビ番組でこう語った。
「ゾンビは人間です。脳の活動は停止していますが、細胞は生きている。
彼らを殺すことは、倫理に反します」
世論は二分された。
「危険だから駆除すべきだ」という声と、「保護し、治療法を探すべきだ」という声。
だが、後者が次第に優勢になっていく。理由は単純だった。ゾンビは遅すぎた。
脅威に感じない人々は、倫理を優先した。
国会での議論は白熱した。
「感染拡大のリスクを考えれば、駆除は必要だ!」
「しかし、彼らはかつて人間だった。殺すのは非人道的だ!」
「治療法が見つかる可能性は?」
「ゼロではない!」
そして、決定的な一手が打たれる。
ゾンビ殺傷禁止法案、可決。
その瞬間、東北の現場は凍りついた。
自衛隊は撤退し、警察は武器を下ろした。
ゾンビを殺せば、懲役刑。
法律は、感染拡大の歯止めを外した。
佐久間亮は、そのニュースをスマホで見ていた。
画面に映るのは、議員たちの拍手と笑顔。
だが、彼の胸に広がったのは、言いようのない不安だった。
「本当に、これでいいのか?」
感染拡大と社会の変化
法案が成立してから半年。東北の町は、静かに崩れていった。
ゾンビを殺せない法律は、現場の人間を無力化した。
警察はただ見守り、医療機関は隔離を試みたが、感染は止まらなかった。
最初に崩れたのは物流だった。
東北からの野菜や米が届かなくなる。
トラック運転手が感染し、配送網が寸断された。
スーパーの棚が空になり、都市の人々は不安を覚え始める。
だが、テレビはまだ楽観的だった。
「ゾンビは動きが遅いので、冷静に対応すれば安全です」
その言葉を信じた人々は、まだ日常を続けていた。
佐久間亮もその一人だった。
東京郊外で妻と二人の子供と暮らす、ごく普通の会社員。
ニュースを見ながら、彼は妻に言った。
「大丈夫だよ。東北の話だろ?ここまで来るわけない」
だが、その楽観は長く続かなかった。
ある夜、亮のスマホに緊急速報が届く。
「埼玉県でゾンビ感染者確認。外出を控えてください」
その瞬間、彼の胸に冷たいものが走った。
翌日、会社は在宅勤務を指示。
だが、近所のスーパーは長蛇の列、マスクと消毒液は消えた。
SNSには恐怖と怒りが渦巻いていた。
「ゾンビを殺せない法律のせいだ!」
「政府は何をしている!」
だが、法律は変わらなかった。
むしろ、愛護団体はさらに声を強めていた。
「ゾンビを殺すな!彼らは人間だ!」そのスローガンが、街頭デモで響いていた。
亮の家族に最初の悲劇が訪れたのは、二週間後だった。
妻が買い物に出かけ、帰ってこなかった。
警察に連絡しても、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「ゾンビに襲われた可能性がありますが、駆除はできません」
亮は絶望しながら、子供たちを抱きしめた。
だが、その夜、玄関のドアを叩く音がした。
ゆっくりと、鈍い音。亮は息を呑み、ドアの隙間から覗いた。
そこに立っていたのは、灰色の顔をした妻だった。
崩壊へのカウントダウン
ゾンビ殺傷禁止法が成立して一年。
日本は、静かに、しかし確実に崩れていった。
東北の町はすでにゾンビで溢れ、封鎖された。
だが、封鎖は意味をなさなかった。
感染者は物流を通じて、都市へ、郊外へ、じわじわと広がっていった。
国会は沈黙した。
愛護団体の圧力は強く、議員たちは票を失うことを恐れていた。
街では暴動が起きた。
食料を求める群衆がコンビニを襲い、警察は制止できない。
銃を持つことすら許されない彼らは、ただ盾を構えて立ち尽くすだけだった。
その横を、灰色の影がゆっくりと歩いていく。誰も手を出せない。
「ゾンビを殺せば懲役刑」――その言葉が、人々の手を縛っていた。
佐久間亮は、東京郊外の自宅で子供たちを守ろうとしていた。
妻を失ったあの日から、彼は必死だった。
だが、次の悲劇はすぐに訪れた。
長男が発熱し、数日後、目の焦点を失った。
亮は泣きながら、息子を縛り付けた。
殺せない。法律があるからではない。
「まだ治るかもしれない」――その希望が、彼の手を止めた。
外では、隣人たちが家を捨てて逃げていた。
高速道路は渋滞で埋まり、ガソリンスタンドには暴徒が群がる。
テレビはもう放送をやめ、スマホには「通信障害」の文字が並んだ。
都市は沈黙し、電気は途絶え、文明は崩れ落ちていく。
最後に、亮は子供たちを抱きしめながら、窓の外を見た。
灰色の群れが、ゆっくりと街を埋め尽くしていく。
その中に、妻の姿があった。
亮は目を閉じ、深く息を吸った。
「終わりだ」その言葉が、静かに胸に落ちた。
静かな終わり
記録によれば、日本社会が完全に崩壊したのは、ゾンビ発生から約二年後だった。
都市機能は停止し、電力網は途絶え、通信は失われた。
政府は最後まで「共存」を掲げたが、その理念は現実に押し潰された。
ゾンビ殺傷禁止法は、文明の終焉を早めた最大の要因として、
後世に語られることになる。
当時の映像は、いまや貴重な歴史資料だ。
渋谷のスクランブル交差点を埋め尽くす灰色の群れ。
高速道路で立ち往生する車列と、その間を歩く感染者。
そして、街頭で叫ぶ人々の声――
「ゾンビを殺すな!」そのスローガンは、皮肉にも、最後まで消えなかった。
生存者の証言は少ない。ある者は山中に逃げ、ある者は海を渡ろうとした。
だが、ほとんどは途中で力尽き、灰色の群れに呑まれた。
人類は、戦わなかった。戦えなかったのではない。
戦うことを、法律で禁じたのだ。
文明の灯は、静かに消えた。
残されたのは、歩き続ける死者と、風に舞うビルの残骸。
この記録を読む者がいるなら、こう問うだろう。
「なぜ、止めなかったのか?」その答えは、簡単だ。
「倫理が、理性を殺した」
『殺せぬ死体』おわり