実験小説第3回作品「隠蔽と真相」

『隠蔽と真相』

 

廃ホテルのロケ
山深い峠道を抜けた先に、朽ち果てた建物が姿を現した。
かつてはリゾート地として賑わったというそのホテルも、今では窓ガラスは割れ、外壁には苔が這い、風が吹くたびに軋む音を立てていた。
「……ここが、今日のロケ地?」
若手女優・水野遥は、車から降りるなり眉をひそめた。
彼女は、心霊スポットをレポートするという企画に呼ばれただけで、詳細は知らされていなかった。
「そう。雰囲気、最高でしょ?」
ディレクターの村瀬が笑顔で答える。
カメラマンの田口は無言で機材を降ろしながら、ホテルの奥をちらりと見た。
その視線の先には、すでに“幽霊役”の仕掛人・佐伯が待機していた。
白塗りの顔、ボロボロの着物、そして異様な沈黙。まるで本物の幽霊のようだった。
撮影は始まった。
水野は、ホテルの廊下を歩きながら、カメラに向かってレポートをする。
「このホテルでは、かつて宿泊客が謎の失踪を遂げたという噂が…」
その瞬間、暗がりから佐伯が飛び出した。
水野は悲鳴を上げ、後ずさりし、手に持っていた懐中電灯を反射的に振り回した。
鈍い音が響いた。
佐伯は倒れた。
頭から血が流れ、動かない。
「……え?」
水野の声が震える。
村瀬と田口が駆け寄るが、佐伯はすでに息をしていなかった。
沈黙が、廃ホテルを包んだ。


沈黙の選択
廃ホテルの空気は、先ほどまでの演出とは違う、重く冷たいものに変わっていた。
佐伯の身体は、廊下の床に倒れたまま、微動だにしない。
水野遥は、震える手で懐中電灯を握りしめたまま、言葉を失っていた。
「……村瀬さん、これって……」
カメラマンの田口が、佐伯の脈を確認する。
無言のまま、首を横に振った。
「死んでる。」
その言葉が、空気を凍らせた。
村瀬は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
「……この企画、誰にも知られてない。局にも、正式な申請はしてない。俺たちだけだ。」
「は?」
水野が顔を上げる。目は涙で濡れていた。
「どういうことですか?ドッキリじゃないんですか?演出じゃ……」
「演出だよ。でも、局には黙ってやってた。低予算で、話題性だけ狙って。だから、誰にも知られてない。」
田口が口を開く。
「……つまり、事故として報告すれば、俺たちが責任を問われる。水野さんも。」
沈黙。
水野は、佐伯の顔を見た。
白塗りの化粧は崩れ、血に濡れた頬が現実を突きつけてくる。
「……どうすればいいんですか?」
村瀬は、深く息を吐いた。
「埋める。山の中に。誰にも見つからないように。」
その夜、三人はホテルの裏手にある山道を登り、誰も通らない獣道の奥に穴を掘った。
佐伯の遺体は、静かに土の中へと沈んでいった。
誰も言葉を発さなかった。
ただ、スコップの音だけが、夜の闇に響いていた。


掘り起こされた沈黙
それは、春の終わりだった。
山の麓に住む村人・古川は、山菜採りの途中で異臭に気づいた。
獣の死骸かと思い、藪をかき分けた先に見つけたのは、半ば土に埋もれた人間の遺体だった。
警察はすぐに動いた。
身元の特定は難航したが、衣服の一部に残されたテレビ局のロゴが手がかりとなり、やがて佐伯の名前が浮かび上がる。
ニュースは瞬く間に広がった。
「廃ホテルでの撮影中に起きた事故か?」
「テレビ局関係者の関与は?」
憶測が憶測を呼び、SNSでは水野遥の名前も取り沙汰され始める。
局内では緊急会議が開かれた。
ディレクターの村瀬は、プロデューサーに呼び出され、重い口を開いた。
「……俺が企画した。局には申請してなかった。佐伯は仕掛人で、水野は……知らなかった。」
プロデューサーはしばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「この件は、局として処理する。外には漏らすな。水野にも、黙ってもらえ。」
「でも……」
「君が責任を取るなら、局は守る。そういうことだ。」
村瀬は、言葉を失った。
その夜、彼は一人で廃ホテルを訪れた。
撮影当日と同じ廊下に立ち、崩れかけた壁を見つめる。
そこには、誰かが残したような手形が、うっすらと浮かんでいた。
それが佐伯のものかどうかは、誰にもわからない。
ただ、村瀬にはそれが、何かを訴えているように思えた。


因果の地
テレビ局の崩壊は、あまりにも急だった。
スポンサーは次々と契約を打ち切り、番組は放送中止、社員は大量退職。
局長は記者会見で「事実関係を調査中」と繰り返すばかりだったが、世間の怒りは収まらなかった。
水野遥は、事件の中心人物として報道され、芸能活動を休止。
村瀬は責任を問われ、局を去った。
田口は行方をくらませた。
だが、事件にはまだ語られていない“もう一つの真実”があった。

村瀬は、事件の後もあの廃ホテルのことが頭から離れなかった。
あの土地には、何かがある。
そう思った彼は、地元の図書館や古文書を調べ始めた。
やがて、彼は一つの記録にたどり着く。

「首村――戦国期、落ち武者が逃げ込んだ村。
村人は彼らを匿うふりをして騙し討ちし、首を領主に献上。
その褒美で村は繁栄し、後に観光地として開発された。」

村瀬は息を呑んだ。
廃ホテルの建てられた場所は、かつて“首村”と呼ばれていた土地だった。
さらに調べを進めると、驚くべき事実が浮かび上がる。

佐伯(仕掛人)は、ホテルオーナーの息子。ホテルは首村の子孫が建てたもの。
水野遥(タレント)は、落ち武者の末裔。かつて首を取られた側。
局長は、首を受け取った領主の子孫。

すべてが、数百年前の因果の再演だった。
村瀬は、廃ホテルの跡地に立ち尽くした。
風が吹き抜け、草木がざわめく。
その時、彼の足元に何かが転がった。
それは、土に半ば埋もれた古びた木札だった。
そこには、かすれた文字が刻まれていた。

「首は、記憶する。」

村瀬は、背筋が凍るのを感じた。